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-VISIONARY SCHOOL- 未来をつくる挑戦者

2020.12.02
-VISIONARY SCHOOL- 未来をつくる挑戦者

対話を通じて「誰一人置き去りにしない」形を考える

激しく社会が変化する中、アクティブ・ラーニング、STEAM教育といった新しい教育トピックが学校に入ってきている。さらに、今年のCOVID-19の影響は、オンラインにより「いつでもどこでも学ぶことができる環境作り」を加速した。そうした中、「学校」の存在意義は何になるのだろうか?横浜創英中学校・高等学校 校長の工藤勇一氏と株式会社リバネス代表取締役副社長CTOの井上浄が議論した。

井上 浄

株式会社リバネス代表取締役副社長CTO

東京薬科大学大学院薬学研究科博士課程修了、博士(薬学)、薬剤師。リバネス創業メンバー。博士課程を修了後、北里大学理学部助教および講師、京都大学大学院医学研究科助教を経て、2015年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授、2018年より熊本大学薬学部先端薬学教授、慶應義塾大学薬学部客員教授に就任・兼務。研究開発を行いながら、大学・研究機関との共同研究事業の立ち上げや研究所設立の支援等に携わる研究者。
【兼務】株式会社ヒューマノーム研究所取締役、熊本大学薬学部先端薬学教授、慶應義塾大学薬学部客員教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授、経済産業省<「未来の教室」とEdTech研究会>委員、NEDO技術委員、株式会社メタジェン技術顧問、株式会社サイディン技術顧問、等。

工藤 勇一

学校法人堀井学園 理事/横浜創英中学校・高等学校 校長

1960年山形県鶴岡市生まれ。山形県の公立中で数学教諭として5年務めた後、東京都台東区の中学校に赴任。その後、東京都と目黒区の教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年4月から東京都千代田区立麹町中学校の校長を務める。大胆な教育改革を実行し、話題を呼んだ。2020年4月から、学校法人堀井学園 横浜創英中学校・高等学校の校長に就任。また、現在、内閣官房教育再生実行会議委員や経済産業省「EdTech」委員などの公職も務める。著書に、10万部のベストセラーになった『学校の「当たり前」をやめた。―生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革―』(時事通信社)ほか多数ある。

学校の役割とは何か?

井上 工藤さんは前職の麹町中学校時代に、「宿題」「中間・期末テスト」「クラス担任」「体育祭のクラス対抗」「服装や頭髪の指導」など、それまでの学校で当たり前のように行われてきたことを多く廃止されましたね。その背景に学校のあり方についての考えがあるように思います。実際、これらの見直しを図るときに、工藤さんが考えられていたことは何だったんですか?

工藤 私は常に「最上位目標」を明確にし、その実現に向けて何をすべきかを考えていました。同時に、「手段を目的化しない」ことを意識していました。手段が目的化すると、上位の目標の実現を損ねてしまうことがあります。しかし、赴任当時は「服装や頭髪の指導」という本来手段であるべきものが目的化されて行われていたのです。そこで、最上位目標に繋がる取り組みのみを選定し、その他の様々な取り組みの廃止を決定していきました。

井上 われわれ企業においては「企業理念」、「ビジョン」を最も大切にしています。リバネスでも、常にそこに立ち戻ることで、やるべきことを明確にしています。まさに、「最上位の目標」。それぞれの学校独自の教育理念や、あるいはそのさらに上位概念になる「学校」という存在が持つ目標にあたるのでしょうか。今回は、まさに「学校とは何か?」について議論をしたいと考えています。

工藤 「学校」の最上位目標には、大きく2つあると考えています。一つ目が「子どもたちが社会の中でよりよく生きていけるための準備期間であること」、そしてもう一つが「よりよい社会をつくっていくこと」です。

生徒の自己決定の積み重ねが、自律性を育てる

井上 確かに学校で学ぶことは、社会の中で生きていくことと密接に関係しているべきですね。具体的にどのような経験を生徒にしてもらうことが大事であると考えられていますか?

工藤 最も重要だと考えるのが、生徒自身が自己決定をしていく経験です。それによって、生徒は自律性を養うことができます。そのために私は「どうしたの?」「君はどうしたいの?」といった自律を促す声掛けを大切にしています。例えば、子ども同士で喧嘩が生じたとします。生徒に対して「どうしたの?」と聞くと、「喧嘩をした。相手が許せない」と言うでしょう。しかし、いくつかの「どうしたいの?」を聞くことで、「許せないままでいる」、「仲直りする」という選択肢に気付き、天秤にかけることができるようになります。次に「何を支援してほしいの?」と聞けば、生徒同士が話す場を作ることができるかもしれません。つまり、生徒に適切な声掛けをしながら、生徒自身が自己決定をする機会をつくることが大事なのです。

井上 社会に出て、全く異なるバックグラウンドを持った人同士が集まり、仕事や生活をしていく中で、コミュニケーションの問題は必ず発生します。学校における自身の人間関係の問題は、学びの機会になるのですね。

工藤 そうですね。さらに、自律性の育成を目的にすると、人間関係だけでなく、授業のあり方や生徒の学び方に対する捉え方も変わっていきます。数学の時間に、塾の勉強や苦手科目の勉強をしてもいい、雑談しながら勉強をする子もいれば、1人で集中する場をつくり勉強をする子もいていいはずです。

井上 生徒自身の自己決定を尊重していくことで、学習者主体で何を、どのように学ぶかを決めていけるようになっていく。

工藤 はい、そうなんです。全ての子どもにこれから世の中に必要な多様な学びを経験させようとする「画一的な」教育から、一人ひとりの可能性を伸ばしていく環境をつくっていく転換が必要です。

「誰一人置き去りにしない」をテーマにした対話

井上 もう一つの学校の最上位目標として、「よりよい社会をつくること」があると思います。それについて詳しく聞かせてください。

工藤 「 よりよい」は「誰一人置き去りにしない」に言い換えて、学校の中では表現をしています。しかし、それは容易にできることではありません。一人ひとりを尊重していこうとすることは、利害関係の対立を生みだすからです。しかし、その対立を乗り越え、「みんな違っていい」と「全員がOK」という相反する概念の両立を見出していく。それこそが学校で学ぶべきことだと考えます。

井上 確かに社会に出た時に、個が立っていることと対話はとても重要になると思います。一人でできることには限りがあります。その時に、相手と対話を繰り返し、チームとなることで、一人ではできない大きなことを成し遂げることができると思います。

工藤 そうですね。だからこそ、生徒同士で対話をし、内容を考えてもらいます。体育祭では目標として「生徒全員が楽しめるもの」とだけ設定して、その後は生徒たちの自由です。参加する生徒には、集団行動が嫌いな子、運動が嫌いな子もいれば、逆に運動が得意だったり、目立ったりするのが好きな子もいます。様々な立場を考え、どんな生徒も楽しめる体育祭をつくりあげます。また、文化祭は「生徒全員で観客みんなを楽しませること」が目標になります。地域の住民、小学生、家族、教員たち、全員を楽しませるわけですから、体育祭よりも多様な人を相手にしなければいけません。

井上 社会の中でプロジェクトを進めるにあたっても、関係する人や企業がひとつでも損をしてしまったら、持続可能にならず、皆にとって良いものにはなりません。

工藤 全くそのとおりです。現に、資源の取り合いや、自国の産業の発展のみを考えた結果、戦争や科学技術が誤った形で使われてきた過去もあります。今後こうしたことを起こさないためにも、学校では「誰一人置き去りにしないこと」をテーマに、対話から合意をしていくプロセスを学ぶことで、誰も不幸にしない社会をつくることにつながります。

「人のせいにしない」ことから始める

井上 学校の存在意義について、工藤さんの考え方が詳しく分かってきました。ありがとうございます。生徒の自律性、そして対話を繰り返し合意していくプロセスが大変重要ですね。今後、こうした考えを広げていくために、解決すべき課題は何だと考えられますか?

工藤 今の学校教育では、「学力を上げること」が最上位目標になってしまい、過剰なサービス化が進んでしまっています。例えば、たくさんの宿題や補修といったものです。仕事量が増えていく教員側はどんどん疲弊していきます。そして、生徒たちは与えられたタスクをこなすことに慣れてしまい、自律性を養ったり、対話をする機会が失われていきます。その結果、与えられることが当たり前になっているので、何か上手く行かないときには「人のせい」にしてしまうようになるのです。

井上 サービスにサービスを重ねてみんな辛くなっている状況。だからこそ、今一度学校の最上位目標を考え、対話していくことが大事ですね。それを妨げる活動を省き、やるべきことをシンプルにしていく。最上位目標を掲げた後、周りを巻き込んでいくことも重要だと思いますが、そのためには何が重要だと考えますか?

工藤 「全員を当事者にする」ことです。責任を明確にしたり、何か権限を与えたりすると、人は自分事として捉え、考えて行動するようになります。もちろん、最上位目標に合意できていることが前提です。それがなければ、自分の意見や価値観を押し付け合うだけになってしまいます。これまでに保護者を一般募集して、学校改善会議を実施したこともあります。学校への批判が出てくると予想されますが、一切そんなことはありません。最上位目標に合意し、保護者も学校改善に関わっているという当事者意識を持つことで、建設的なアイデアが様々挙がってきました。

井上 当事者意識を持つことで、既存の肩書や立場の枠も越えて、最上位目標の達成に向けて一緒に考える場になったと。

工藤 そうです、そしてこれらを職員室の中から実践していくことが大事だと思います。職員室では、往々にして新しいアイデアが出ても、反対者が出てしまい、例年の方法が採用されてしまうケースがとても多いです。最上位目標を掲げ、職員室で対話をして合意をすることができないと、それを生徒たちに伝えていくこともできません。私は生徒たちにこう言います。「対話を通してよりよい社会をつくるという戦いに負けてしまったら、人類は滅びるんですよ」と。地球規模の問題も、日常の問題も、元を辿れば私たちの対話に行き着くのです。誰一人敵はいません。誰かのせいにするのではなく、最上位目標に向けて、対話し、行動していくことが大事だと思います。

井上 職員室での対話と合意が、まず第一歩ということですね。過剰なサービス化に走るのではなく、「学校とは何か?」を改めて教員に問いかけ、教員がチームとなって行動していく形。工藤さんの行動、決断にある原動力を感じることができました。今日はありがとうございました。

※『教育応援 vol.48』から転載