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見えない宇宙とそれを見ようとする人たち

2020.01.07
見えない宇宙とそれを見ようとする人たち
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 今年4月にブラックホールが世界で初めて電波望遠鏡によって撮影されました。こうした「宇宙を見る挑戦」は、研究者だけにしか与えられないものでしょうか。
1937年に世界初のパラボラ式電波望遠鏡を作ったグロート・リーバーは、自宅の庭に観測装置を自作し、天の川銀河の電波の検出に成功しました。高性能なスマートフォンなど、私たちが簡単に手に入れることができるものを使い、リーバーの望遠鏡のように工夫次第で見えない宇宙を観測できることもあるのではないでしょうか。本特集では、「宇宙の観測装置」をテーマにものづくりによって宇宙を見ようとする挑戦を紹介します。

私たちの暮らしと宇宙を繋ぐ、「見えないもの

宇宙の現象を観測する方法として、宇宙からやってくる可視光以外の様々な電磁波や粒子が利用されてきました。そして次第に研究が進むにつれ、その現象による私たちの暮らしへの影響がわかることもあります。暮らしと関わる現象は、予測や把握の正確さによって影響の度合いも異なります。今回は電波、赤外線といったテーマにおいて、私たちの暮らしとの関係やその観測装置開発などの研究を紹介します。

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太陽観測から知る宇宙天気予報

 ブラックホールの撮影に使われた電波望遠鏡で観測できるものの一つとして、私たちにもっとも近い存在の太陽があります。太陽はその活動から強力な電磁波を出しており、時に「フレア」という現象が起きます。フレアが起きると、太陽から噴き出した電気を帯びたガスの塊が地球に飛来し、衝突とともに地球に磁気嵐を引き起こします。それは結果として、通信障害や飛行機の飛行などへ大きな影響を与えることになります。また、高高度においての定期的な飛行や国際宇宙ステーション(ISS)等の軌道上での長期滞在においては、太陽フレアに伴って放出された高エネルギーの粒子による被ばく量の蓄積は人体への負担が大きく、乗員や宇宙飛行士の健康管理の観点でも太陽の活動を把握、予測することが重要になります。この太陽フレアの観測に取り組むのが、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の久保勇樹さんの研究チームです。
太陽フレアが起こる前後には、低周波から高周波まで、広帯域の電波が発生します。NICTでは鹿児島県指宿市で太陽観測の電波望遠鏡を運用し、70MHzから9GHzまでの周波数の電波を約4万点でサンプリングし、8ミリ秒おきにデータを記録することで太陽フレアの観測を行っています。こうした観測のもと作られる宇宙天気予報のデータは、2019年11月7日から、国際民間航空機関(ICAO)という民間航空機の運行管理機関を通して航空各機関に提供されています。
さらに、航空機は衛星測位(GNSS)で現在位置の特定をしており、いずれはGNSSにより離発着までの自動化を実現しようとしています。しかし、GNSSは電波を使うため、太陽活動によって誤差が生じると正確な位置を把握できなくなります。宇宙天気予報が提供されることで、こうした未来の技術の実現にも繋がることになります。

赤外線で地球温暖化の原因物質を調べる

 宇宙を通して、地球自体のことがわかることもあります。あらゆる気体は、特定の波長の光を吸収する性質「吸収線」を持っています。これを利用すると、大気中の温室効果ガスを検出することができます。CO2やメタンは、赤外域に吸収線を持っており、国立研究開発法人国立環境研究所の松永恒雄さんは、日本が開発した地球観測衛星GOSATを用いて、地球上の温暖効果ガスの分布を観測しています。GOSATは、地上において直径10kmの円で囲まれるエリアをひとつの単位として、温室効果ガスの濃度観測が可能なほど高精度だといいます。これにより温室効果ガスの発生地点がより正確に特定でき、パリ協定の達成に向けた公平なジャッジができるようになるのです。
GOSATのデータを解析している機関は世界で10拠点ほどありますが、その中で日本は専用のスーパーコンピュータを所有し、複数の研究グループが解析精度やスピードを競っています。GOSATでは10kmほどの分解能の観測を行っていましたが、将来的には1km単位の分解能を目指しており、例えば発電所などの建造物単位での温室効果ガス排出箇所の特定が可能になるとされています。

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「裏庭天文台」の可能性

 宇宙線量や地球温暖化ガスなどの目に見えない現象の観測について紹介しましたが、そこでは「太陽から発生する電波の強さを測る」「温室効果ガスに吸収された赤外線を見る」という観測が行われ、アンテナ、赤外線フィルタという部品がそれらの観測対象を検知します。実は、ホームセンターなどで売っている衛星放送用アンテナ、増幅器、ダイオードを使った検波器に電圧計を組み合わせることで、簡単な電波望遠鏡の作成が可能です。これにより太陽活動の一部は観測可能であり、「単体でNICTが行うような宇宙天気予報を作ることは難しいですが、多数組み合わせることで、フレアの発生位置の特定などに貢献でき宇宙天気予報にも寄与する可能性はある」と久保さんも話します。最先端の研究を調べながら、自分たちでもそうした研究に挑戦することを考えてみてください。グロート・リーバーが実現したように「自宅の庭で天文の発見」がみなさんにもできるかも知れません。

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国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
電磁波研究所 宇宙環境研究室
研究マネージャー

久保 勇樹 さん

電磁波研究など情報通信分野を専門とする我が国唯一の国立研究開発法人で、産学官連携や事業振興等も行っています。宇宙天気予報を配信するほか、日本標準時(JST)を決定・維持・供給しています。

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国立研究開発法人国立環境研究所(NIES)
地球環境研究センター
センター長

松永 恒雄 さん

水質や地球温暖化などの地球環境問題や環境リスク評価等への研究に取り組む国立研究開発法人で、地球環境モニタリングデータベース等を数多く公開しています。