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一致団結して、イルカの社会に迫れ!

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研究者に会いに行こう

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酒井 麻衣 さん
近畿大学 農学部水産学科 講師

「幼い頃,水族館でイルカに魅了されたことをきっかけに,イルカと関われる仕事を探していた近畿大学の酒井麻衣さん。高校に入って研究者という存在を知り,暗記科目だと思っていた「生物」が,研究の世界ではわからないことだらけの学問であることに驚いたという。「イルカを対象に,知らないことを知る仕事ができたらいいな」。酒井さんは当時の夢を叶え,20年以上イルカの社会性の研究者として活躍している。

東京都にある野生イルカの聖地

伊豆諸島の御蔵島(みくらじま)の周りには,野生のミナミハンドウイルカが約140頭定住している。島ではシュノーケルで海に入り水中でイルカを観察するイルカウォッチングが人気で,毎年観光客が訪れている。1994年から実施されている個体識別調査によって,多くのイルカの性別や年齢,母子関係がわかっている。このような環境は,イルカ研究の分野において世界的にも非常に珍しい。そんな聖地ともいえる御蔵島に,酒井さんは2000年から訪れている。

世界初,野生下での里親行動を発見!

2012年,「りんごちゃん」という母イルカが魚網に絡まり死んでしまったという知らせが酒井さんの元に届いた。島のガイドや観光客,そして酒井さんも皆,残された子イルカの行方を心配していたという。その2週間後,あるガイドから「ほっぺちゃん」という若いメスが,産んだはずのない子どもを連れているという情報が入った。そこでりんごちゃんの子どもと,ほっぺちゃんが連れている子どもの写真から特徴の照合を試みると,なんと同じ個体であることが判明したのだ。さらに,ほっぺちゃんは当時8歳でまだ繁殖経験はなかったが,授乳などの実の母子で生じる世話行動も観察された。実親ではない個体が孤児を育てるいわゆる“里親行動” が,世界で初めて野生のイルカで観察された瞬間だった。

「ほっぺちゃんには孤児の世話をするメリットがあるのだろうか」。例えば実親と里親が親戚関係にあった場合,自分の遺伝子を残すことにつながる。また,2頭が親しい関係にある場合は片方の子どもを助ける可能性も考えられる。そこで酒井さんは,りんごちゃんとほっぺちゃんの血縁関係や過去に起きた社会行動の解析を行った。その結果,興味深いことに彼女らは近い親戚ではなく,親和的関係も見られなかったのである。

写真中央:ほっぺちゃんが里子を連れている様子(撮影:森阪 匡通)
写真中央:ほっぺちゃんが里子を連れている様子(撮影:森阪 匡通)
御蔵島での調査風景:水中でイルカの動画を撮影する酒井さん(撮影:石濱 愛子)
御蔵島での調査風景:水中でイルカの動画を撮影する酒井さん(撮影:石濱 愛子)

研究者だけでは明らかにならなかった成果

今回の里親行動に対して,酒井さんは「イルカがもつ複雑な社会を考えれば,個体自らの生存や繁殖に直結する行動だけではなく,このような利他的な行動が起きてもおかしくないかもなと思った。それよりも,この事例が研究者による調査だけではなく,ガイドや観光客の協力で明らかになったことに感動した」と語る。例えば,識別に必要だった孤児の写真は,その多くがガイドや観光客から提供されたものだった。また,ほっぺちゃんに繁殖経験がないことは個体識別調査によって,個体のデータが長年蓄積されていたからこそわかったことである。この世界初の発見は,御蔵島でイルカを見守り続けてきた人たちが,一丸となって動いたことで,もたらされた成果だったのだ。

イルカの社会をのぞいてみよう

イルカ社会の掴み所がない複雑さに惹(ひ)かれているという酒井さん。その複雑さ故に研究が難しい分野ではあるものの,生き物の社会行動を研究するための方法はとてもシンプルで,自分の目と筆記用具さえあれば可能だという。今回の里親行動のように,研究者でなくても観察を続けていれば何かに気づくことができるのだ。「水族館で,お客さんが水槽の前に一瞬だけ立ち止まって移動してしまうのが少しもったいない」。酒井さんによると,15分ほど眺めていれば個体を見分けることができたり,胸ビレで他の個体を触る,泡を出すなど色々な行動をしていることに気づくそうだ。みなさんも水族館へ訪れた際は,一度ゆっくり立ち止まってイルカの観察をしてみてはいかがだろうか。研究者も知らない,世界で初めての発見に出会えるかもしれない。

(文・高橋 力也)

酒井 麻衣(さかい まい)プロフィール

2006年東京工業大学大学院 生命理工学研究科 博士課程卒 博士(理学)。京都大学 野生動物研究センターや,東海大学 創造科学技術研究機構で日本学術振興会特別研究員を経験後,2015年より現職。野生と飼育,両方の環境において,鯨類の社会や行動・認知の研究をしている。現在は鯨類の子育て期間に注目し,母イルカの世話行動がその後子イルカの生活にどう影響するのかについて研究を進めている。

someone vol.55』より

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