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【someone vol.38】【特集:地下探検】目の見えないシロアリが地下トンネルをつくったら

2017.06.13
【someone vol.38】【特集:地下探検】目の見えないシロアリが地下トンネルをつくったら

ミミズやモグラ,土壌微生物…地中には数多くの生きものがうごめいています。ときに木造家屋の柱や土台を食い荒らしてしまうシロアリも,地下で暮らす昆虫の一種。彼らは,目が見えず設計図もないのに,群れで力を合わせて,数十m におよぶトンネルをつくることがあります。光が届かない地下世界でどのように巧みに暮らしているのでしょうか。

触角だけを頼りに暮らす
シロアリは,じつは自然界の中ではとてもひ弱な存在です。からだが透明なため日光に弱いことに加えて,地上に姿を見せるとクロアリやクモ,トカゲなどの天敵にすぐねらわれてしまいます。このため,安全にエサを探索するための蟻道<ぎどう>と呼ばれる特製のトンネルを,土の中や,ときには地上につくりながら,真っ暗な地下世界に暮らしています。暗闇に住むシロアリの目は退化していて,頭部に生えた2本の触角を頼りに,フェロモン(匂い)を嗅覚で感じ取ったり,近くにはどんな仲間がいるかを触覚で感知しています。体長5mm程度のシロアリが得られる情報は,自分の周りのたった数cmの範囲だけ。それにもかかわらず,シロアリは仲間と協力しながら,まるで巨大な建造物のような蟻道を地下につくり上げていきます。しかし,そこには指揮をとるリーダーもいなければ設計図もありません。この地下生物のふしぎな行動の解明に,京都大学の水元惟暁<みずもとのぶあき>さんは挑んでいます。

建設中を知らせるフェロモン
水元さんが研究対象にするヤマトシロアリは,北海道から九州まで日本に広く生息しており,数千~数万匹が複数の木材を巣として生活しています。働きアリが材料の木片や土粒を次々と貼り合わせることで,管状の蟻道が地下に張りめぐらされていきます。目の見えない働きアリたちのコミュニケーションの秘密は,材料を貼り合わせる際に分泌するセメントフェロモンと呼ばれる物質にあります。このフェロモンはその場所が建設中であることを意味し,そのメッセージを受け取った働きアリは,次の材料をその場所へ貼り付けて蟻道をつくっていきます。こうしてできる蟻道の形や大きさは巣によってまちまち。これまでの研
究で,蟻道のでき方はシロアリの数や,材料や温度などの外部環境に影響を受けるといわれていました。ところが,水元さんはたとえそれらの条件を同じにしても巣ごとに個性があることを発見したのです。

一匹一匹のコミュ力が形を決める
建設途中の道にせっせと次の材料を貼り付け蟻道を掘り進めるシロアリと,一方で,建設途中ではなく新しい場所を掘り進めようとするシロアリ。シロアリたちの行動をよく観察してみたところ,それぞれ行動パターンに違いがあることがわかりました。これは,仲間の働きアリが建設場所で分泌したセメントフェロモンを感じ取る力に違いがあるためと考えられます。さらに,コンピュータを使ってシロアリの建設行動を再現するためのモデルを作成し,どんな要因が建設行動に影響を与えるかのシミュレーションを行いました。その結果,シロアリ一匹一匹のセメントフェロモンへの感受性の強さと,建設に携たずさわるシロアリの割合を変化させることで,実際に観察された蟻道建設の様子とよく似た様子が再現されました。蟻道をつくる働きアリの数とそのフェロモン感受性という単純な要素が,巣ごとに生み出される蟻道の個性をつくっていたのです。シロアリそれぞれがもつコミュニケーションの得意不得意が、建造物の多様性を生み出しているといえるかもしれません。

地下で社会生活を営む秘訣に挑む
蟻道をつくる他にも,巣の補修をしたり,幼虫の世話をしたり,エサを探したり,シロアリの地中での暮らしの中にはさまざまな仕事があります。今必要な仕事が何でどの仕事にどれだけの労力を割くかは,そのときの周囲の状況に合わせて調整しなければなりません。目の見えないシロアリは仲間の様子をどう把握して,行動の変化を起こしていくのでしょうか。光のない地下でくり広げられるコミュニケーションにはまだ多くのなぞがかくされています。
(文・金子 亜紀江)

取材協力: 京都大学大学院農学研究科 応用生物科学専攻 水元 惟暁さん