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スケーリーフット – 硫化鉄の鎧の秘密を探る –

2020.06.17
スケーリーフット – 硫化鉄の鎧の秘密を探る –

JAMSTEC 超先鋭研究開発部門 超先鋭研究プログラム 研究員
CHEN Chong さん 宮本 教生 さん インタビュー

深い海の底,300℃を超える熱水と硫化水素が吹き出る熱水活動域は,普通の動物が生きるには過酷な環境です。そこに動物が住んでいるとしたら,みなさんはどんな姿を想像しますか。2001年にインド洋の熱水活動域で発見されたスケーリーフットは,大きさ3 ~ 5cm の巻貝で,まるで 金属の鎧をまとったような特徴的な姿をしているのです。

金属の鎧は身を守るため?

スケーリーフットは,足の部分がウロコに覆われた唯一の巻貝です。現在確認されている10万種類ほどの巻貝の中でも,独特な進化を遂げた特別な存在だといえるでしょう。最初に発見されたスケーリーフットはウロコや貝殻は硫化鉄で覆われており,黒光りした鎧を着ているようでした。この鎧は硬く,そして硫化鉄を含んでいたため,当初はカニなどの外敵から身を守るためのものだと考えられていました。しかし,2009年に硫化鉄を含まない白いスケーリーフットが見つかりました。生息環境が変わることで,鎧に含まれる硫化鉄の量に違いが生じることが明らかとなったのです。この鎧は,果たして防御のためのものなのでしょうか。詳しく調べてみると,ウロコには, スケーリーフットが体内に飼っている硫化水素を エネルギー源とする共生細菌の代謝物を体外に排 出するための機能があることがわかったのです。 しかしながら,進化の過程で特殊なウロコをどの ようにして獲得したのかは,誰にもわかっていま せんでした。そこで,CHEN Chongさんと宮本 教生さんは,スケーリーフットの全ゲノムを染色 体レベルで解読し,ウロコ形成のしくみの解明に 必要な因子を見つけ出すことに成功したのです。

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▲ スケーリーフット。生息する環境により,硫化鉄含量と色は 異なってくる。

硬いウロコの歴史を紐解く

まず,CHENさんと宮本さんが,スケーリーフットのゲノム配列と組織や器官ごとの遺伝子発現を詳しく調べたところ,ウロコと殻の形成に関わる25の重要な遺伝子がわかってきました。さらに,他の軟体動物や近縁なゴカイや腕足動物と比較したところ,これらの遺伝子が約5億4千万年前のカンブリア紀にはすでに存在し,様々な硬い組織の進化のカギとなった「ツールキット遺伝子」を構成することが明らかになりました。また,同じ硬い組織でも貝殻とウロコでは,全く異なる構成の遺伝子セットがそれぞれ使われていました。つまり,この特殊なウロコは,古くカンブリア紀から存在する遺伝子セットの中の遺伝子を全く新しい組み合わせ方と使い方をすることで生み出されたのです。「この生き物がどうしてこの形になったのか,その純粋な疑問が自分の出発点」と話すCHENさん。高精度なゲノム解析によって先祖へのつながりを辿ることで,5億年以上もの硬組織の進化の道程を見出すことができたのです。

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▲ 黒いスケーリーフットが生息する深海の熱水噴出孔。

深海生物の謎に迫る難しさ

スケーリーフットを研究するためには,まず採取をしなければいけませんが,彼らが生息するのは,簡単には行くことのできない深海です。有人潜水調査船「しんかい6500」などを使って,水深約2,500mの深海まで潜り,目印の少ない海底を進みながら目的の住処を目指します。彼らの住処は,濁った湯けむりが立ち昇り視界が非常に悪いため,辿り着いたとしても,捕獲するのにひと苦労。
もしスケーリーフットが捕獲できたとしても, その飼育方法はまだ確立しておらず,研究室で はどんなに長く生きても1 ヶ月程度と,深海生物 を相手にした研究は容易ではないのです。しか し,宮本さんは,困難の多い深海生物の研究につ いて,「毎回変わった生き物と出会うことができ, それらの謎を少しずつ紐解いていく楽しさがあ る」と語ってくれました。私たちには想像しがた い深海の異世界。そこで暮らす生き物たちとの出 会いには,私たちの当たり前を大きく覆す,信じ られない発見のチャンスがあるかもしれません。

(文・滝野 翔大)