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アーキア -深海の底からすくいあげた、 真核生物誕生のヒント-

2020.06.17
アーキア -深海の底からすくいあげた、 真核生物誕生のヒント-

JAMSTEC 超先鋭研究開発部門 超先鋭研究プログラム 主任研究員

井町 寛之 さん インタビュー

地球上に最も多く存在する生き物は,微生物。 その数は推定1012 種とも考えられていますが, そのうちの約85 ~ 99% がいまだ培養に成功し ておらず,その実態をつかめていません。謎多き 彼らが大量にひそんでいるとされる場所のひとつ が,実は海底なのです。

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▲ しんかい6500のコア採泥器で海底堆積物を採取した瞬間

海底の泥をひとすくい

海底にたまった堆積物の中には,たくさんの未知の微生物たちが生息しているとされています。その謎に迫るため,井町寛之さんは有人潜水調査船「しんかい6500」に乗って海の底へと繰り出しました。紀伊半島沖の南海トラフ,水深2,500m。メタンの湧き出る冷たい海の底には,真っ白な微生物マットが広がっています。JAMSTECに赴任してきたばかりだった井町さんは,このときはじめて海の底の光景を目にしたといいます。
今回の狙いは,深海に生息するメタン酸化菌を含めた未培養微生物群。無酸素環境下でメタンを分解する微生物群です。事前の調査でこれら微生物群の存在は示唆されていましたが,その実態は誰にもわかっていませんでした。海底のさらに下,堆積した泥をコア採泥器でそっとすくい上げ,地上へと持ち帰ったのが2006年。期待に胸を膨らませながら,研究がスタートしました。

培養成功の決め手は,スポンジ?

しかし,深海という特殊な環境に生息する微生物の多くは,実験室での培養に成功していません。微生物研究の基本とも言える培養すること自体が,とても難しいのです。もともと土木工学の分野で水処理に関連する微生物の研究に取り組んでいた井町さんは,下水処理に使われるバイオリアクターを応用して,深海微生物を培養する新しい方法を思いつきました。活躍するのは,みなさんのお家の台所にもあるスポンジです。
このリアクター培養では,ウレタンのスポンジに培養液で薄めた泥水サンプルを付着させることで微生物のすみかとし,リアクターの上部から培地をポタポタと落としながら培養します。装置の中にはメタンガスを供給して,採取した海底の環境にできる限り近づけるように工夫しました。 そうして培養実験に取り組み続けること 実に12年。2018年,ついに目的の微生物 Prometheoarchaeum syntrophicum(プロメテオアーカエウム シントロフィカム)の分離に成功したのです。

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▲ 真核生物に最も近縁とされるアスガルド群に属するアーキア MK-D1

ヴェールを脱いだその正体

MK-D1株と名付けられたこの微生物は,大きさわずか550nm。球状の細胞の中はシンプルで すが,細胞の外側は複雑で,長い突起を作ったり,多数の小胞を出します。発見が困難を極めた理由 は,その分裂のスピードにありました。MK-D1 は14日~25日かけてゆっくりと1回分裂しま す。モデル生物の大腸菌が20分で1回分裂する ことに比べるとスピードの差は歴然。なかなか増殖してくれない上に,最大細胞密度も低く,めいっぱい培養しても目にはほとんど見えません。
さらに,ほかの微生物に依存しないと生きられないという特徴もありました。酸素のない嫌気環境下を好むMK-D1は,アミノ酸を分解して水素を作り出すことで増殖します。しかし生成された水素を他の微生物に渡さないと生育できない共生細菌だったのです。さらに,MK-D1は自身の細胞を作るために必須となるアミノ酸やビタミンを共生相手の微生物からもらわないと生きていけないこともわかりました。

真核生物誕生の起源にせまる

MK-D1の遺伝子を詳しく調べたところ,原核生物の中でも真核生物に最も近縁なアーキアであることが示されました。MK-D1はアーキアでありながら,これまで真核生物の特徴と考えられてきた,細胞骨格や情報処理に関わる遺伝子を大量に持っていたのです。「この微生物が本当に存在するのかは長い間の謎でした。その根幹を,ついにつかむことができました」。約27億前の地球上で,真核生物がどのようにして誕生してきたのか。今後の研究により,その進化の道筋がより明らかになっていくかもしれません。
「誰も知らない生物の,まだ見ぬしくみを解き明かしたい」と語る井町さん。太古の地球の痕跡が残る深海底で今でも続く生き物たちの営みには,これまで信じられてきた生物進化の学説を大きく揺るがす発見が潜んでいるに違いありません。

(文・中嶋 香織)

動画も見てみよう!

私たち真核生物はどうやって地球上に誕生したか—新しい進化説E3モデル—

真核生物誕生の鍵を握る微生物「アーキア」の培養に成功