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【特集】② フィリピンが目指すアントレプレナーのカタチ

2021.07.13
【特集】② フィリピンが目指すアントレプレナーのカタチ

日本には、科学技術を強みとした大手企業がたくさんある。多くの若者が大学に進学し、ある程度の専門性を身につけた上で、こうした企業に就職するだろう。一方、フィリピンには科学技術を基盤とした企業がほとんどなく、雇用機会も限られている。科学技術により新たな産業と雇用を生み出すには、国内の研究者や技術者の活躍が求められるにちがいない。しかし、科学技術を学び、多くの知識を得た優秀な人々は、より良い生活や研究環境を求めて海外に移住してしまうのが現状だ。フィリピンでは今、こうした“ブレイン・ドレイン(=頭脳流出)”と呼ばれる現象が問題になっている。

ブレイン・ドレインに歯止めをかけろ

フィリピン政府は、この問題に対して様々な取り組みに着手している。科学技術省(Department of Science and Technology:DOST)は、科学教育研究所(Science Education Institute:SEI)を通じて、国内の科学技術人材を増やす取り組みを行っている。例えば、科学技術を学ぶ学生に支給する奨学金や留学支援などもあるが、原則として、これらの支援を受けた人は、一定期間フィリピン国内で働くことが義務付けられている。他にも、“バリック・サイエンティスト・プログラム”では、海外で活躍するフィリピン人科学者に国内の科学技術や産業の発展に貢献してもらおうと、インセンティブを与え帰国を促す取り組みをしている。つまり、次世代を育てつつ科学技術人材を国内に留まらせたり、帰国させたりするのだ。フィリピンの今後の産業には、ブレイン・ドレインに歯止めをかけ、国内の科学技術力を高めることが重要なのだろう。

DOST-SEIが支援していたデータサイエンティストのCOVID-19のデータ
回収・分析:市長等にわかりやすくした感染者のデータ(黄色:感染者
少ない、赤・黒:感染者多い)
DOST-SEIが支援していたデータサイエンティストのCOVID-19のデータ 回収・分析:市長等にわかりやすくした感染者のデータ(黄色:感染者 少ない、赤・黒:感染者多い)

厳しい環境が育むもの

これらの支援を活用するのは、学ぶ意欲がありながらも経済的に難しい学生がほとんどだ。DOST-SEIのディレクターであるジョゼット・ビヨ博士は、COVID-19のパンデミックが起きたとき、支援を受ける学生たちがある取り組みを行ったことに注目した。それは、化学者が知識を活かしてアルコールや消毒剤、フェイスシールドなどを作り、供給不足に対処するために配布したり、データサイエンティストがCOVID-19に関するデータの収集と分析を行い、地方自治体が活用できる形で提供するなどの取り組みだ。支援を受ける多くの学生がそのネットワークを使い多くの活動を始めたが、それは決して自身の生活を潤すものではなく、また、すべてが自然発生的に起こったのである。
ビヨ氏は、「育った環境が厳しいからこそ、自然と身の回りの問題に目を向け、何とか解決しようとする意識が芽生えるのかもしれない」と言う。多くの学者がCOVID-19のパンデミックの際にこのような“内なるリーダーシップ”の存在を証明しているが、彼女自身も、こうした現象の根幹にあるものを“spontaneous volunteerism”(=自然発生的な助け合い)と表現した。

DOST-SEIが支援している高校生がフェイスシールドの製造の手伝いをしている
DOST-SEIが支援している高校生がフェイスシールドの製造の手伝いをしている

「サイエンスアントレプレナーシップ」の重要性

科学技術をもとに新たな産業を創出するには、単にフィリピン国内の科学技術者を増やすだけでは不十分だろう。ビヨ氏は、必要な取り組みの一つとして“サイエンスアントレプレナーシップ”を高めることがあると指摘する。もともとフィリピンは格段に起業活動が多い国だ。日々直面する多くの課題の中で、「何とかしたい」と思う気持ちが起業という形で現れてくるのかもしれない。しかし、フィリピンには、課題を解決するための知識や技術などのリソースが不足しているため、多くのことができないのが現状だ。
科学技術人材がフィリピンの課題を捉え、自然発生的にその解決に乗り出すとき、ビジネスという手段で持続可能なしくみを創ることこそが、フィリピンにおけるサイエンスアントレプレナーシップのなのかもしれない。科学技術人材育成では、「単に実験手法を教えるだけでなく、様々な製品を開発して社会に供給する先輩研究者の姿を見ることが非常に重要である」とビヨ氏は考えている。若い世代がこの可能性を目の当たりにすれば、彼らもまた、将来同じことに取り組もうとするだろう。
日本では、大学や大学院にまで進学する若者も少なくない。しかし、学んだ知識や技術をどこで活かすのかー。フィリピンには、求められる知識や起業したいと願う仲間、そして多くのビジネスチャンスが存在しているのかもしれない。

biyo

Josette T. Biyo, PhD
ジョゼット・ビヨ 博士

科学技術省・科学教育研究所(DOSTSEI)のディレクター。DOST-SEIに所属する前はフィリピン科学高等学校の教員をしていた。2002年にIntel (旧)International Engineering and Science FairのInternational Excellence in Teaching Awardをアジア人として初めて受賞した。

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教育応援 vol. 49』より