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自分主人公感、先生主人公感のススメ!

2020.10.03
自分主人公感、先生主人公感のススメ!

2018年3月。株式会社リバネスで数々の新しい研究を生み出してきた井上と、学校や企業と人材育成の調査研究を行っていた正木先生が出会った。「ワクワクを研究したい。正木さん一緒にやりませんか?」この一言から研究は始まった。

正木 郁太郎

東京大学大学院
人文社会系研究科研究員

東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程修了。博士(社会心理学)。2020年3月現在、人文社会系研究科研究員のほかに、成蹊大学非常勤講師など。また、人事・組織に関する研究やHR Techの領域で、民間企業からの業務委託や、アドバイザーなどを複数兼務。組織のダイバーシティに関する研究を中心として、社会心理学や産業・組織心理学を主たる研究領域としており、企業現場の問題関心と学術研究の橋渡しとなることを目指している。

井上 浄

株式会社リバネス
代表取締役副社長 CTO

東京薬科大学大学院薬学研究科博士課程修了、博士(薬学)、薬剤師。リバネス創業メンバー。博士課程を修了後、北里大学理学部助教および講師、京都大学大学院医学研究科助教を経て、2015年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授、2018年より熊本大学薬学部先端薬学教授、慶應義塾大学薬学部客員教授に就任・兼務。研究開発を行いながら、大学・研究機関との共同研究事業の立ち上げや研究所設立の支援等に携わる研究者。

興味関心からの行動を見える化したい

井上 僕が正木さんに出会ったのは、ちょうど2年前の今頃でした。僕たちリバネスでは、実験教室やスクール事業で日々子どもたちに触れ合っていますが、その活動を通して子どもが「これめちゃくちゃ面白い!」「まだたくさん分かっていないことがあるんだ!」「自分で実験してみたい!」と思った時の子どもの「ワクワク」を研究してみたいと思っていたんです。実は研究者としての僕の原動力もここにあって、ワクワクを本当に知りたいと思っています。

正木氏 懐かしいですね!実は、ちょうど2017年頃から生徒の意識・姿勢の調査を行っていた学校の中に、いわゆる進学校と、それよりも体験学習に非常に力を入れている学校がありました。その2つの学校間の比較が、大変興味深かったんです。例えば「あなたの将来の夢は何ですか?」という質問に、前者の学校は記述が少なかったり、「医者」などの職業名単体の記載が多いのですが、後者の学校は「〇〇をする〇〇になりたい、なぜなら〇〇だから」と、良い意味で一言多く、自分がやるんだ!という使命感に溢れていました。これはあくまでも一例ですが、こういった違いはなぜ生まれるのか?大学進学実績だけでは測れない何かがあると感じた最初のきっかけでした。

井上 まさにそうです!その「測れないもの、経験値でしか語ることができなかったもの」を研究したい。ちなみに「ワクワク」って学術的にはどのような定義になるんでしょうか?

正木氏 社会心理学では、性格などの特性をアンケート指標などで数値化しています。しかし、そういった特性は、研究の歴史の中で様々な手法を組み合わせて精緻化されてきたものに限られます。一方で、ワクワクは一般的によく使われる言葉ですが、学術的に何と呼ばれる概念に相当するのかわからない言葉で、学術的な定義もはっきりしていません。

井上 なるほどね。ワクワクは、多くの人が今まで感じたことがあって、なんとなく分かっているけれど、でもそれって何?と改めて聞かれると言葉にすることが難しい。確かに、学校現場だったら先生、家だったら家族は、どんなときに子どもがワクワクするか知っていたりします。 その感覚的に分かっている状態をもっと見える化したいですよね。

ワクワクして行動、そして自分が主人公となっていく?

井上 2018年、主に都内の公立進学校の先生方と一緒に行った調査が最初でしたね。5校から集まった先生方と一緒にワクワクという観点で生徒を見る初のプロジェクトでしたが、どんな感想を持たれましたか?

正木氏 ワクワクと行動という観点で調査を行ったところ、いろいろなことが見えてきました。まず、9割の生徒が何かしらワクワクしていることがあり、6割以上の学生は何かしらの行動を起こしている。一方で、その行動の大半がインターネット検索や友だちに話すなど、身近な行動の範囲に留まっていました。また、ワクワクから行動に移す割合は、学年が上がるにつれて顕著に減っていました。しかし、その学年間の変化が学校によって異なったのです。ある学校は、学年が上がるとともに、ワクワクから行動に移している生徒が急激に減るのですが、一方で値があまり変わらない学校や、緩やかですが増える傾向にある学校もありました。

井上 その違いは、どんなところから来ているかわかりましたか?仮説でも良いので教えてください。

正木氏 まだ追加データは必要ですが、探究活動に力を入れている学校のワクワクと行動は、学年が上がるにつれて減少は見られましたが、その他の学校に比べ推移がなだらかでした。もしかしたら、研究活動のような、生徒の興味を深める取組みを学校が作ること。あるいは「興味を深めていいんだ」という雰囲気を活動を介して作り上げることが、ワクワクからの行動を促しているかもしれません。

井上 どんな取組みが、ワクワクや行動に繋がっているのか仮説を検証していくことで、ワクワクの概念についても、徐々に解明していくことができますね。

正木氏 はい!この研究の初期では、知的好奇心、没頭感、価値の認識などの概念の重なりがワクワクに近いと考えていました。その後、いろいろな学校で調査を継続するにつれ、実は少しずつワクワクのまた違った側面が掴めてきました。もしかすると、そういった好奇心や学習意欲のようなものだけでなく、勘違いでも良いから、自分の能力を自分で認めていること、自分が自分の人生の主人公である感覚が大事なのではないかと感じてきました。学術的にいえば「自己効力感」「コントロール感」「エージェンシー」などの言葉が近いのかな、と思います。

井上 勘違いでも良い、というところは素敵ですね。僕が日々付き合っている研究者で「この技術で世界を変えるんだ!」と言っている人たちは皆、自分主人公感満載です(笑)。この前は、ナスの機能性価値を研究しているベンチャーが、設立から2年かけてようやくサプリメントを開発しました。今でも不安はたくさんあると思いますが、いつも目を輝かせてナスの魅力を語っています。強くやりたいと思い、行動することで、次の具体的な行動が思い付く。その連続で、より自分のやりたいことを実現していけるようになっていくんでしょうね。

生徒が自分から行動することでチャンスを掴んでいく

井上 一方で、その連続が最初から上手くいくかというと必ずしもそうではないと思います。例えば、ワクワクして、自分でまずは少し動いてみると、失敗することもある。すると、次は何をしてよいか分からないなど、行動を起こし続けるまでは至らない生徒もたくさんいると思います。この研究では、どうやってサポートをすると「どんどんやり続けよう」という状態をつくれるかについても解明したいと思っています。

正木氏 学校間の比較から推測するに、やはり先生の指導方針や校風の違いが、差に影響していると思われます。調査とヒアリング結果から、内心でワクワクしていて、且つ行動的であった学校の先生方の多くは、危険なこと以外については「とりあえず、やってみれば?」と生徒の自主性を尊重しているようでした。

井上 先生が、「やってみよう」をプレゼントする。たとえ、失敗であったとしても、なぜそうなったのかを一緒に考えることができれば、次のチャレンジがきっと思いつく。次のステップはもうすぐそこです。生徒が動き出すきっかけを作ることができますね。

正木氏 ある学校の探究活動の学内発表会へ行った時のことです。多くの生徒が、研究テーマを自分ごととして捉え、自分の言葉で研究をする理由を語れていました。その理由を生徒にたずねたところ、どうも先生方の直接的な介入は少なく、プレゼン方法を事細かに教わるわけでもない。むしろ、多くの生徒が「うまく研究やプレゼンをしている先輩」を見習って、自主的に探究活動を進めていました。強いて言えば、先生方は生徒に「自分の意見を発信する機会」を多く与え、発信を促すような質問(どうしてそう思うか?など)をしている印象でした。先生がおおまかな道は示しつつ、しかし手取り足取り教えないからこそ、「かっこいい先輩のようになりたい」という素直な動機で後輩が動き出す、そんな循環なのかもしれません。

井上 先輩は自分で動き出すことでいろんな情報や知識を掴んでいることを知り、後輩もその一歩を踏み出す。いいですね!今、コロナウィルス感染拡大防止のため、多くの学校が休校しています1。学校に行かなくなった時に、子どもたちが自分たちで学ぶことってできているのかな、とふと思いました。僕の子どもも小さい頃は、誰に言われずともずっとひたすらアリの観察をしていました。大きくなっても、そうやって自分から動けるかどうかって大事だと思っています。

正木氏 ある学校で、コロナウィルス感染予防のために授業のウェブ配信を中心としたオンライン化を進めることになったのですが、それをホームページで在校生にアナウンスした際の最後の一文がとても印象に残っています。主旨だけ抜粋すると「新しい取り組みなのでうまくいかない部分もあるかもしれない」「生徒にはより良い活動に向けて、改善提案や、建設的なフィードバックをお願いする」という記載があったのです。生徒自身のアイデアが学校を変えていくという実感を持つことは、こういった問いかけで培われていくのかもしれません。

井上 いいですね!自分が正に主人公になって自分の学校をつくっていく感があります。こうやって、与えられた学びではなく、自分から掴んでいく学びをこれからはもっともっと増やしていきたいですね。それこそ、学校のあるべき姿の一つなのではないでしょうか。

測定できなかったその目のキラキラは何ルクス?

井上 この研究から生まれてくる知識は、実は一部の先生方にとっては既に知っていることだと思っています。ただ、全員ではないかもしれない。実は、ちょっと前から考えるようになったのですが、教育において、「測定できる世界」と「測定できない世界」があるとすると、日々の学校生活では、どれくらいが先生方の長年培ってきた経験値や勘で表す「測れない世界」の情報で、どれくらいが「測定できる世界」の情報なんだろうと。

正木氏 測定できなかった情報を可視化して、そこへ先生方の経験値を組み合わせることで、学校現場における新しい知識が生まれていくんだと思います。生徒の自己効力感も重要ですが、先生が自分の裁量や工夫でいろんなことを変えることができると感じる「先生の自己効力感」も大切です。どんな組み合わせができるのか、ぜひとも全国の先生方と議論しながら、一緒に進めていきたいですね。

井上 やりましょう!こどもの頃は、みな誰しもがワクワクして興味があることに行動を起こしていました。でも学年が上がるにつれて、「もう〇〇生なんだから」と社会的にストップがかかるようになってきてしまった。でも本来、学校という場は、社会を生き抜く力や知識を身につける場であって、進学をするための場ではありません。幸いにも昨今、教育への考え方が変わってきています。今、この研究活動を更に規模を拡大してデータを充実させ、先生方と一緒に取り組むことで、こどもの目がもっとキラキラする世界を実現していけると信じています。

この取材は、2020年3月12日(水)に行われた。

※『教育応援 vol.46』から転載